コスモス揺れる初秋の庭園。
花壇に囲まれた広場では、宿のスタッフに伝えられた通りハイラルの姫君が待っていた。
円形のテーブルの上には、紅茶のポットと苺のケーキが2つ。
また、ゼルダ姫が座る椅子の向かい側にはもう1つ、椅子が用意されていた。
「姫…これは?」
戸惑った様子のリンクに、ゼルダは少し笑ってこう言う。
「宿の方から聞かなかったのですか? 私はお茶をしましょうと言ったのです」
「ええ、それは聞いていましたが…」
「ほら、剣なんてどこかに置いて座って。私は護衛を頼んだのではありませんよ」
言われるままにマスターソードを椅子の背にもたせかけ、姫の向かい側に座ったものの、
リンクはまだどこか落ち着かない様子だった。
一体どういう風の吹き回しだろう。
リンクはちらちらと姫の顔を窺い、彼女の考えを読もうとする。
しかし、女性の心ほど不可解なものはこの世にない。
一方のゼルダは、すっかり少年のように物おじしてしまった勇者のことを、どこか可笑しそうに見ていた。
「リンク」
ふいに名前を呼ばれ、勇者は弾かれたように顔を上げる。
「先ほどから紅茶にしか口をつけていませんね。苺は嫌いですか?」
「いえ、そんなことは…」
きれいに残っている苺のケーキ。
ゼルダがその皿を取り上げ、リンクは慌てる。
彼女を傷つけてしまったのではないかと思ったのだ。
しかし、そうではなかった。
彼女は、フォークを使って器用にケーキを一口大に切った。
そしてそれを、改めて差し出す。
ケーキをフォークにさし、少し身を乗り出して。
「姫?」
リンクは怪訝そうな顔をする。
姫のしたことの意味が、純粋に分からなかったのだ。
今までお茶会のような上流階級のすることとは無縁の世界に生きてきた彼からすれば、無理もないことだった。
それを知っていて、ゼルダは微笑んでこう言う。
「この前、ピーチ姫がマリオさんにこうしてあげていたのを思い出したのです。
これなら食べられますか?」
ピーチ姫がマリオに。
その言葉の意味を理解し、リンクの頬がかっと熱くなった。
ようやく自分を取り巻く状況に気がつき、ティーカップを持った手に訳もなく力が入る。
「ほら、口をあけて」
そう言ってゼルダは、ケーキを更に近づける。
その顔はいつもの凛とした表情であったが、その目は可笑しそうに細められている。
リンクが動揺しているのを、どこか面白がっている様子であった。
姫は最初から、これをやりたかったんだ。
リンクは頭の片隅でそう考えていた。
嬉しいはずなのに、それでいてここから逃げ出したいような、妙な気分だった。
リンクはおずおずと身を乗り出し、口を開ける。
こんなに勇気を振りしぼったのは久しぶりだ、と思いながら。
しかし、その刹那彼の耳が何かを捉える。
2つの足音。
そして次の瞬間、予感は確信に変わった。
「ぅあ〜〜〜む!」
「あ〜〜〜ん!」
カービィとヨッシー。
スマッシュブラザーズ屈指の食いしん坊が、左右から現れたのだ。
一体どうして…!
考えるよりも先に、腕が動いていた。
素早く手を突き出し、ピンク玉の顔と緑の恐竜の鼻先を押さえる。
同時に足を踏ん張り、テーブルに体がぶつからないようにする。
全てが終わったとき、テーブルの上は元のままだった。
紅茶はカップの中に収まってさざ波を立て、ゼルダ姫の持つフォークはしっかりとケーキにささっている。
真っ白なテーブルクロスには、染みひとつ付いていない。
姫に被害が無いことを確認し、リンクは安堵のため息をつく。
「おやおや!」
ゼルダ姫はそう言って笑った。
十数分後。
コスモスが咲き乱れる庭では、楽しげに談笑するゼルダとヨッシー、ケーキに夢中なカービィが賑やかにテーブルを囲んでいた。
そしてそこには、ちょっと複雑な表情をしてケーキを口に運ぶリンクの姿もあった。
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押し付けプレゼントから一転、このような物語を贈ってもらえるとは…
ああ、なんと幸せ者。
ゴドーさん、ショートショート本当にありがとうございました!
またいつかこのような合作を(略